雲と赤
ある秋の夜、大きな森の上空に、大きくて真っ白な雲が現れました。
大きな雲は、いつも白でいることに飽きていました。そしていつのまにか、赤に憧れていました。
赤に憧れた雲は、世界中から全ての赤を吸い込んでいきました。自然な赤も、人工的な赤も、なにもかもを吸い込んでいきました。紅色、朱色、緋色、茜色といった、赤に準ずる色も、みんな吸い込んでいきました。
夜が明けたころには、世界中から赤が消えていました……
朝になり、動物たちが目を覚まします。一番初めに騒ぎ出したのは、自慢のトサカが白くなった鶏たちでした。その鳴き声で目覚めたウサギが開いた目からは、赤が消えていました。舌が白くなった狼の群れはひたすら吠え、白くなったオウムたちは、雪のような羽で飛び回りました。
大変なことになったと、動物たちは集まり、さっそく会議を開きました。
なにせ、すべての赤が消えてしまったのですから。このままでは、どんなリンゴもおいしそうに見えません。彼岸花の美しさも台無しです。そしてなにより、せっかく鮮やかに染まった紅葉が、みんな赤を無くして殺風景な冬のような景色になっています。
「僕が朝起きたら、せっかく集めた木の実がみんな白くなっていたから、あわてて捨ててしまったんだ。」
「俺たちは自慢のトサカがこの通り。目も当てられん。」
「トサカだけならまだいいじゃないですか。私たちは全身真っ白ですよ。」
動物たちは口々に叫びます。
「待て待て、大変なのはわかっておるんじゃ。だからこそ落ち着いて、解決策を練ろうではないか。」
そういって他の動物たちを落ち着かせたのは、森一番の知識を持ったふくろう爺さん、
通称ふく爺でした。彼は、長い間勉強して人間の言葉を読めるようになった、すごいふく
ろうです。なので、彼が話し始めると、みんな黙ってその話を聞きました。
「空の上のほうに、大きな赤い雲があるじゃろ。おそらく、皆から赤を奪ったのはあの雲じゃろう。」
「つまり、あの雲から赤を取り戻せばいいんですね。」
ふく爺の一番弟子で、努力家のウサギが言いました。
「そうじゃ。だが問題は、どうやって取り戻すかじゃ。言葉が通じないのじゃから、話し合いで解決するわけにもいかん。鳥が突っ込んでも、突き抜けてしまうだけで意味がないじゃろう。」
「打つ手なしですか……」
考えが浮かばず、ウサギが俯いていると、それまで一言も話していなかった亀が口を開らきました。
「あの雲の周りに、さっきから赤が漏れているように見えるのは、わしの気のせいであろうか?」
「赤が漏れている……?」
ふく爺が見上げると、確かに雲の周りにうっすらと赤が広がっていました。
「確かに赤が漏れていますね。赤を集めすぎたのでしょうか?」
「それじゃ!」
突然、ふく爺が叫びました。
「あの雲は、赤を少々集めすぎたのかもしれん。つまり、もっと多くの赤を集めさせれば入りきらなくなって吐き出すかもしれん。」
「でも、これ以上赤なんてあるのでしょうか?」
疑問に思ったウサギは言いました。
「確かにそうじゃが、これから咲く花や実る木の実、赤く染まっていく紅葉、それらの赤がまだ残っておる。それに、もしかしたら雲も見落としている赤がまだ残っているかもしれん。」
そう言って一呼吸置いたふく爺は、今度は木の上の方に止まっている鳥たちのほうを向いて叫びました。
「そこの鳥たちよ。すまんが空の上から残っている赤を探してきてくれぬか?」
ふく爺の叫びに答えて、鳥たちは森の上空から四方八方へ飛んでいきました。それを見たふく爺は、今度は地上のほうを見て言いました。
「足の速いものは遠くのほう、遅いものは近くのほうで、赤を探してきてくれぬか?」
地上に残っていた動物たちも、それに応えて散り散りに走っていきました。
動物たちは皆、必死に赤を探しました。鳥たちは空から地上を隅から隅まで見回しました。赤を取り戻さんと必死のオウムたちは、雪山のようになってしまった火山に近づいてまでして探しました。
地上で探す動物たちも、それぞれの特技を生かしながら赤を探しました。ネズミたちは小さいことを生かして狭い場所を、狼たちは足の速さでより遠くを、モグラたちは他の動物が探しづらい地下深くまでもぐって探しました。
森の動物から話を聞いた、海の仲間たちも赤を探し始めました。サメは遠くまで泳いでいって、赤を探しながらみんなに話を伝えました。群れを成していた魚たちは、いつもよりも群れを大きく広げて、少しでも遠くまで見渡そうとしました。真っ白になったタコは、イカと間違われたくないと必死でした。
その場に残っていたふく爺とウサギは、ふく爺が住んでいる木の幹の大きな穴から、今まで集めたたくさんの本を出してきました。もしかしたら本の中に、赤を作る方法が書いてあるかもしれないからです。
しかし、いつまでたっても赤は見つかりません。いよいよ、日が沈みかけ、夜も近づいてきました。
やがて夕焼けが輝き、その瞬間、みんなが赤を見つけました。
真っ赤に輝く夕焼けは、赤くなった雲を照らしました。その、何よりも赤く輝く光に圧倒された雲は、いつの間にか吸い込んだ色を全部吐き出していました。ですが、赤を全て吐き出してしまっても、雲はほのかに赤く染まっていました。夕日が雲を、赤く照らしてくれているからです。色を吸い込まなくても赤くなれることを知った雲は、もう二度と赤を吸い込まなかったそうです。
そして、赤を取り戻した世界は、再び輝きを取り戻しました。リンゴはおいしそうな赤を輝かせ、鶏たちは赤いトサカに喜び、彼岸花は美しさを取り戻していました。
朱色や緋色、紅など、さまざまな赤に輝く紅葉は、喜ぶ動物たちの笑顔を照らしていました。
終
高校の文芸部で書いたお話。
年に一度、テーマとかを決めて作る部誌があったのですが、この時は色をテーマに、それぞれの色をくじで決めました。
タイトルの通り、このお話のテーマは「赤」です。