Bear & Girl


 今よりちょっと昔、あるところに、小さな女の子が住んでいました。その女の子は、ぬいぐるみが大好きでした。
 くまやうさぎ、キリンやゾウなど、女の子の部屋にはいろんな動物のぬいぐるみがあります。女の子は、それらのぬいぐるみたちと、おままごとをしたりするのです。
 ぬいぐるみたちはしゃべりませんから、女の子は時々さびしくなることもあります。友だちと遊ぼうと思っても、女の子の家の近くには、同じ年頃の子どもがいないのです。でも、赤いリボンのついたくまのぬいぐるみが、いつも女の子の心の支えになっていました。かわいい茶色のそのぬいぐるみは、幼い頃に女の子が初めてもらった、大切なぬいぐるみでした。
 ある日のこと、女の子がいつものようにぬいぐるみで遊んでいると、いすに座ったくまのぬいぐるみがぴくりと動きました。女の子はそれに気づいたものの、気のせいだと思いました。大きく開かれた窓からは、風が入ってきていたので、それのせいだったのかもしれません。
 ところが、しばらく経つと、再びくまのぬいぐるみが動きました。今度は小さな動きではなく、大きな動きです。短い手足を使って、一生懸命に立とうとしています。その様子を見て、女の子が驚いていると、今度は糸でできた口が、話しているかのように動き出しました。
「こんにちは。いきなり動いたから、ちょっと驚いちゃったかな?」
 ぬいぐるみが、かわいらしい声で言いました。
 女の子は驚きのあまり、そのぬいぐるみを投げてしまいました。そして、不幸なことに、ぬいぐるみは窓を飛び出し、塀の側のゴミ捨て場に落ちてしまいました。
 大変だと思い、女の子はぬいぐるみを取りに、階段を駆け下りました。ところが、一階に降りたとき、女の子の足が止まりました。もしも、ぬいぐるみが怒っていたら。そう思った女の子は、怖くて取りにいけなくなったのです。
 女の子が迷っていると、お母さんが帰ってきました。
「あら、なにかあったの?」
「ううん。なんでもない。」
 そう答えると、女の子は階段を駆け上がりました。
 駆け上がって、女の子が窓の外をのぞくと、くまのぬいぐるみはゴミと一緒になくなっていました。女の子は、どうしようか悩みました。悩んだ末、女の子は家を抜け出しました。ぬいぐるみを取りに行くために。

 夏だったこともあり、空はまだ明るかったのですが、女の子が走っている内に、空はだんだんと暗くなり、日も沈みそうでした。それでも、女の子は必死に走って、ごみ処理場に向かいました。
 ところが、その途中で女の子は道に迷ってしまいました。辺りには、田んぼや畑だけが広がり、家がどっちかもわからなくなっていました。それでも女の子は、走り続けました。走れなくなったら、こんどは歩きました。何が何でも、くまのぬいぐるみを見つけたかったのです。
 しばらくして、女の子は草むらから見える、赤い布のようなものを見つけました。思わず駆け出した女の子がそれを引っ張ると、その先にはぼろぼろのリボンと、わずかな綿と布がありました。女の子ががっかりしていると、今度は鋭い牙を持った大きな犬が現れました。その首輪には、茶色い布の切れ端がついていました。
 唸り声を上げながら近づいてくるその犬から、女の子は、必死に逃げました。幸い、犬は紐でしっかりとつながれていたようで、女の子を追いかけることはありませんでした。しかし、暗くて紐が見えなかった女の子は追いかけられていると思い、脇目も振らずに走り続けました。そして一瞬、女の子は飛んでいるような感覚にあいました。

 女の子が目を開けると、暗闇が広がっていました。上の方に目を向けると、大きな石が積まれていて、少し高めの段差を作っていました。振り返ってみると、そこには川が流れていました。暗闇の中でその川は、いつもよりも大きく見えました。
 川が怖くなった女の子は、上の道に上がろうとしました。けれども、大人なら簡単に登れるその段差も、小さな女の子にはとても大きく、登れません。
 仕方が無いので、女の子は川沿いを歩いていきました。
 しかし、いくら歩いても、女の子の先には暗闇しか見えません。
 横で流れる川は、地獄へ導いているかのようでした。
 足元の草むらは、女の子を捕まえて食べてしまう、魔物のようでした。
 そして、女の子の頬を涙がつたい、足元へ落ちていきました。
 いつのまにかできた小さな水溜りの中で、女の子はうずくまりました。うずくまって、時間だけが過ぎていきました。女の子は、暗闇だけを見ていました。暗闇だけを、見ていたはずでした。

 ふと、女の子が目を開けると、小さな明かりが見えました。明かりはだんだん大きくなって、女の子の目の前までやってきました。そして明かりの横で、糸が動きました。
「大丈夫?」
 それはとても優しくて、暖かい声でした。
「ごめんね。なげちゃって、ほんとうにごめんね。」
 女の子は、精一杯声を出して言いました。
「大丈夫。僕は頑丈だから。」
 そう言うくまの耳からは、土で汚れた綿が覗いていました。そこにあったはずのリボンもありませんでした。
「それよりも、僕は君に謝らないといけない。君にいつものお礼をしたくて、神様に一日だけ動けるようにしてもらったのに、僕は君に怖い思いをさせてしまった。本当に、ごめんね。」
 くまは、ほとんどない首で、精一杯頭を下げます。
「わたしは、あなたがずっとそばにいてくれたら、それだけでうれしいよ。」
 女の子は、くまを抱きしめながら言いました。

 暖かい日差しが差し込む家の中。
 小さな女の子と、そのお母さんと思われる人が話しています。
「それから、どうなったの?」
「女の子はね、それからもずっと、くまのぬいぐるみと一緒に過ごしたの。女の子とくまは、いつまでもいつまでも、一緒に過ごすのよ。」
 小さな女の子に話す彼女の傍らには、赤いリボンをつけたくまのぬいぐるみがいました。


高校の文芸部で最初に書いた小説。


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