二


「よし、俺は遊ぶ!」
 目指していた都市に着くなり、少年が向かったのは大きなカジノハウスであった。彼らが辿り着いた街ラピスは、王都からは離れているものの交易の中継点として栄え、今では眠らない街として広く知られている。昼は目映い太陽が商人たちを照らし、夜は遊戯場の灯りが賭けに興じる人々を照らす。かつては商人ばかりが集まる街だったが、とある商人の建てたカジノの流行をきっかけにやがて多くの遊戯場が作られ、今では立ち並ぶそれらを目当てに訪れる者も少なくない。
「ちょ、待ってください先輩!」
「遊んでる場合じゃないよー」
 少女アセロラと剣士のコーンは、急に走りだしたソーダを慌てて追いかけた。太陽はまだ高い位置にあるが、最近は昼間から営業を行う遊戯場も増えている。街の中心部にある巨大なカジノハウスも、営業時間の長さも売りの一つにした遊戯場として知られている。
「……だと思ったよ」
 呆れた顔の弓使い、フェンネルは、ため息をつきながら二人の後を追った。もともと足が遅いうえ、背負った伝説の剣が重すぎてなおさら速く走れない少年には、あっという間に追いつくであろう。問題は、彼を説得できるかどうかだ。そのための手段をフェンネルは考えるが、何も浮かばない。やがて三人はソーダに追いついたが、少年は三人の言葉に聞く耳を持たなかった。結局、魔法使いの少年ソーダはカジノに入り浸りになってしまった。

 *

「世界、どうなっちゃうんでしょう」
「あいつをどうにかしない限り、どうにもならないだろ」
「ですよね……」
 宿屋の一室で、少年を除く三人は頭を悩ませていた。伝説の剣の勇者として選ばれたのは、ソーダに間違いない。王城を出たあと、念のため試しに他の三人が剣を持ってみても、同じように輝くことはなかった。世界を救うには、伝説の剣でソーダが魔王を倒すしかないのだ。
「でも、一回振っただけであんなにへとへとな彼が、世界を救えるかなぁ」
「救わせるしかないだろ」
 国王から資金を受け取り旅支度を整えた彼らは、王都を後にし魔王城の方角へ出発した。その道中、王都のすぐ側で遭遇したか弱い魔物を相手にソーダは剣を振ってみた、のだが、剣は掠ることもなくあらぬ方向へ向かい、彼はそのまま転んでしまった。派手に転んだソーダを見て、通りがかった白猫は馬鹿にするように鳴いたが、魔物は剣の雰囲気に気圧されたのか勝手に逃げて行った。その後も彼が魔物を自力で倒せることはなく、それどころか、僅かなダメージも与えられずにいる。どうやら、勇者に選ばれたからといって、突然剣の達人になるようなことはないらしい。当然と言えば当然だが、受け入れがたい現実である。
 見かねたコーンが剣の指導を試みもした。拾ってきた木の枝をそれらしく加工し、まずはそれを持たせる。だが、残念なことに彼には欠片の才能もなかった。これほどまでに剣を扱えない少年を、コーンは見たことがなかった。不慣れではあるが才能ある少年を天が選んだ、という可能性も見事に崩れ去る。
 まるで成長の見込めない剣の修行に嫌気がさしたソーダは、進路をやや逸らしてこの都市に来ることを提案した。大きな都市を経由した道の方が安全、というのが彼の言い分であったが、街に辿り着いた途端の行動からするに、眠らない街の遊戯場が目当てだったことは明らかであろう。要するに彼は、世界を救うことを諦め、魔王によって滅ぼされるまでの間、遊ぶことにしたのである。
「いっそ清々しいまでに、本人は諦めてますけどね」
「こうしている間にも、魔物の勢力は拡大する一方だというのにな」
 小さなテーブルに広げた地図を眺め、フェンネルはため息をついた。今この瞬間にも、魔王は着々と力を蓄えつつあり、その分だけ世界の滅びも近づいている。それに呼応するように魔物たちも勢いを増しつつあり、村や街への襲撃こそまだないようだが、旅人や商人の被害は各地で増加している。
「他に手もない、もう一度説得に行こう」
「そうですね……思いっきり殴ったら、目を覚ましてくれるかな」
 小声で怖いことを言うアセロラの手には、いつも持ち歩いている杖が握られていた。あくまで魔法を使うための道具であり、殴るためのものではないはずなのだが、見た目通りなかなか硬く、それなりに重さもある。本気で殴られたらかなり痛いだろう。
「穏便に、解決するといいんだけどなぁ……」
 困った風に眉を下げつつも笑顔は絶やさない青年と、イライラと聞こえてきそうなほど険しい顔をした青年、そして無表情に杖を見つめる少女は、カジノハウスへ向かった。

 *

 夕暮れ時の街は、昼の商人たちの賑わいから、夜の遊び人たちの賑わいへと姿を変えつつあった。ソーダが入り浸るカジノハウスは、そんな街の中央に位置する一際派手な建物である。まだ夕方だというのに、既に灯されたランプで入口は目映く輝き、やってくる人々を歓迎していた。豪華な服に身を包んで出入りする裕福そうな人々に混じって、アセロラたち三人もカジノの中へと入った。
「世界が危機に瀕しているっていうのに、呑気なもんだな」
「まったくです」
 カーマインの絨毯が敷かれた屋内で、人々は思い思いのゲームに興じている。トランプの数字やコインの裏表を見つめる彼らに、魔王や魔物への危機感は感じられなかった。勇者のことを信頼しきっているのかもしれない。その勇者は、彼らとともにカジノゲームに夢中になっているわけだが。
「ここにいたか。いい加減、旅を再開するぞ」
 世界のことを諦めた少年は、カジノの片隅でルーレットに夢中になっていた。彼の持つ青いチップは、十六に一目賭けされている。十六のポケットにボールが落ちれば一気に稼げるが、当然その確率は低い。
「一目賭けの勝率は三十七分の一だ」
「それがどうしたと言うんですか」
 回り始めたホイールから目を離さないソーダの隣に立ち、アセロラは樫の木の杖を突き付けた。反対側から、フェンネルもにらみつけている。
「二連勝で千三百六十九分の一、三連勝で五万六百五十三分の一、四連勝で百八十七万四千百六十一分の一、五連勝で六千九百三十四万三千九百五十七分の一だ」
「普通あり得ませんね」
 ディーラーがベットの終了を宣言する。ホイールをカラコロとボールが転がり、十六の隣、二十四のポケットに落ちる。ソーダの賭けたチップは回収された。
「そう、あり得ない。魔王を倒せることも、同じぐらい」
 てきぱきと配当が渡され、ディーラーが次のゲームのベルを鳴らした。ベット開始の合図だ。
「一目賭けで六連勝することと、魔王を倒すこと、どっちの方があり得そうだと思う? 答えは、どっちもあり得ない」
 ソーダは、今度は十七に一目賭けをした。他の賭け方をするつもりはないらしい。ホイールが回り始め、ボールが投げ入れられる。
「おまけに、ここじゃあ負けてもチップを取られて終わりだが、魔王に負けて奪われるのは命だ、こんなにも分の悪い賭けがあるか? 人類は滅びるんだ、だから俺は、それまで遊び続ける」
 パチン。小気味いい音がその場に響いた。回るホイールの前で、ソーダの右頬は赤くはれている。
「先輩のことなんてもう知りません、勝手に一人で滅んでください」
 ソーダの頬をはたいたアセロラは、それだけ言うと彼に背を向けて走り去ってしまった。十七のポケットにボールが落ちて行くテーブルの前で、ソーダは茫然としている。
「いい加減、目を覚ますんだな」
「あ、待ってよー」
 フェンネルとコーンも、アセロラを追いかけてカジノハウスを出て行ってしまった。三十六倍になったチップと、頬の痛みだけが残る。
「当たり前のことを言った、だけだろ? こんな剣で、こんな俺に、いったい何ができる?」
 魔法使いの少年ソーダに、考えられるのは敗北の未来だけだった。

 *

 夜の帳が降りても賑やかな、眠らない街の片隅。立ち止まった少女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。空に浮かぶ満月が、それを静かに照らす。
「自信家で、偉そうで、尊大で、努力だけは人一倍するけど、自分は天才だと思い込んでいた先輩は、うるさいし、一緒にいて恥ずかしくて、嫌いでした」
 アセロラの赤い帽子の下で、茶色い髪が冷たい夜風に揺れている。追いかけて来た二人の青年は、無言で先を促した。
「でも、なにもかも諦めた先輩はもっと嫌いです。これ以上ついていくつもりはありません」
 振り返ったアセロラは、青年たちを見つめた。透き通ったその瞳には、浮かぶ涙の奥には、固い決意が現れている。彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「伝説の剣でないと魔王を倒せない、なんて、迷信かもしれません。不可能じゃないかもしれないんです。奇跡でもなんでも起こせば、私たちの力でも、きっと魔王を倒せます!」
 少女は本気だった。僅かに揺れる声と瞳に、全く迷いがないとは言い切れない。ソーダが勇者として戦ってくれることを信じたい気持ちだって、まだ心のどこかに残っているだろう。だが少女は、少しでも世界を救える希望のある選択肢を選びたかった。それを選ぶ決意をしていた。
「……本気で、そう思ってるんだな」
確かめるようなフェンネルの問いかけに、アセロラはこくりとうなずいた。勇者無しに魔王に挑むなど、あまりに無謀極まりないことである。称えられるような勇敢な行為などではなく、ただ愚かなだけだ。だが、挑まなかったところで、このままでは人類の滅亡が訪れるのみであることもまた、事実であった。
「そうだよね、戦うしか……でも、本当に勝てるのかなぁ……」
「勝てるか、ではありません。勝つつもりで戦わなきゃ、勝てないのだと思います」
 思わず弱気な声をあげたコーンを見上げ、アセロラはきっぱりと言い放った。背の高いコーンと並ぶと、ただでさえ低めの身長がなおさら低く見える彼女だが、その声はしっかりとしている。
「こういう時こそ、必要なのは根拠のない自信だ。不可能を可能にしようとしているんだ、それぐらいはいるさ」
「そう、ですよね」
 僅かに残る迷いを振り切るように、アセロラは二人を見上げる。勇者としての役目を果たせない、いつもより数百倍情けない先輩がいなくても、心強い仲間がいる。だから、魔王だってきっと倒せる。彼女は信じようとしていた。
「絶対倒せると信じれば、魔王だって」
「助けてくれー!」
 アセロラの言葉を遮るように突如轟音が鳴り響き、誰かの悲鳴が聞こえた。街の外側からだ。一番近い方角の門へ三人が目を向けると、街の入り口付近から煙が上がっている。何かが破壊される音や爆発音、そして逃げまどい助けを求める人々の声は、あちらこちらから聞こえ、次第に大きくなる一方であった。
「これは……」
「魔物の襲撃、だろうな」
 一番に走り出したのはフェンネルだった。駆けながら弓を取り出し、街を襲う敵を探す。
「ぼけっとするな、コーン! 急ぐぞ」
「う、うん!」
「私も行きます!」
 コーンは慌てながらもフェンネルを追い、アセロラも続いた。まだ来たばかりで迷いそうになる街の中を、逃げてくる人々を頼りに外側へと走る。大きな都市である以上守衛がいるはずだが、それでも抑えきれないほどの数なのだろうか、爆発音も悲鳴も止まない。煙もいくつも立ちのぼっている。
「アセロラちゃんの専門は回復魔法だろ、民間人の被害も大きい、後方での手当てに専念してくれ!」
 街を破壊し人々を襲う犯人が間近に迫るにつれ、逃げまどう人々の中には怪我人も増えてきている。その様子を見ながら、フェンネルは叫んだ。
「でも、そうするとみなさんの手当てが……!」
「すぐにはくたばらん。俺もコーンも、勇者の仲間に選ばれたんだ、それ相応に腕に自信はある。だから、信じろ!」
 爆発音に負けじと声を張り上げそれだけ言うと、フェンネルは見つけた魔物の方へ走って行ってしまった。やはりこれは、魔物の襲撃のようである。
「僕たちは大丈夫だから、街の人たちを助けてあげて!」
 コーンも大きな剣を抜き、フェンネルに続いた。残されたアセロラの側には、怪我でまともに歩けない民間人たちがいる。彼らを助けることこそが、彼女の役目なのであろう。
「わかります、けど……わかりました!」
 いくらか迷いはあったが、彼女は人々の手当てを優先することにした。樫の木の杖を使って魔法を放ち、周囲の人々の自然治癒力を高める。それだけでは足りない人々には、近寄って医学的な手当てを施した。魔法では、痛みの抑制や本人の持っている回復力を向上させることしかできないのだ。彼女のような回復専門の魔法使いは、同時に医学も学ぶことが多い。
「まだ痛むかもしれませんが、でも、これで少しずつ治ります。あとは、安全な場所で安静にしてください」
「ああ、ありがとうございます」
 友人や仲間の手当をすることはあっても、このような規模で人々を癒して回るのは初めてのことであった。それ故にやや苦戦もしているが、アセロラは必死に走り回った。逃げ遅れた怪我人が、まだまだたくさんいるのだ。ある者は魔物に噛まれた脚を引きずり、またある者は崩壊した建物に巻き込まれたのだろうか、全身に擦り傷や痣が見える。アセロラは魔法を唱え、倒れこんだ人々の手当てをしていった。だが、つい手当てとは関係ない言葉がこぼれる。
「フェンネルさん、コーンさん……」
 目の前の怪我人に集中しなければならないことはわかっているが、彼女の意識はどうしても、離れたところで戦っている二人の方に向かってしまう。ますます激しくなる音と、漂う嫌な気配に不安が絶えない。
「信じたい、ですけど、一体どれほどの魔物がこの街に……」
 彼女がつぶやいたその時、一際大きな爆発音が響いた。鼓膜が破れるかと思うほど大きなその音に、アセロラも周囲の人々も思わず音のした方へ視線を向ける。そこには、いつの間にか現れたのか、あるいはこの爆発音こそが彼の現れた音だったのか、それは定かではないが、巨大な黒い魔物が佇んでいた。夜空に輝く満月が、ふさふさとした毛や尖った耳、鋭い牙や爪を照らす。金色の瞳をぎろりと向けるその様は、さながら狼のようであった。だが、狼よりもはるかに大きく、二本脚で立ったその化け物とでもいうべき魔物は、大きな爪で近くの建物をえぐった。それは爪とぎと言えなくもないような行為に見えたが、猫などがするそれとはかけ離れた音をあげながら、えぐられた民家は崩壊していく。
「なんなの、これ……」
 アセロラは、人々に襲いかからんとしている黒い化け物を前に、立ち尽くすことしかできなかった。

 *

「こっちだ、コーン!」
「行くよー!」
 二人で連携し、守衛の兵士たちとも協力しながら、街に入り込んだ魔物を退治していく。だが、その数はあまりにも多く、倒せど倒せど終わりが見えない状況が続いていた。
「何体いるんだ、こいつら……」
「でも、斬るしかないよね」
「俺の武器は弓矢だ、無限にわき出るなんてのは勘弁してほしいものだな!」
 叫びながらも、フェンネルは遠くの魔物の急所を正確に射抜いた。放たれた矢に気を取られた近くの魔物は、その隙にコーンが斬り伏せて行く。出会ってまだ数日の二人だが、戦場での相性は良いらしい。辺りにはすでに何十体もの魔物が倒れていた。
「無限は、僕も困るなぁ……もうすでに、普通じゃありえないぐらいいるけど、なんでだろう?」
 飛んできた蝙蝠型の魔物を返り討ちにしつつ、コーンはこの街にいる人間の多くが思っているであろう疑問を口にした。
「あくまで俺の想像だが……魔王は、勇者がどこにいるのかぐらい知っているのかもしれない。もしそうだとしたら、狙いは勇者、あの腑抜けだ。あいつさえいなくなれば、魔王にとって脅威は無いも同然だろうからな」
「ええっ、ソーダ君を狙って来たの!? だとしたら、僕たちが来たせいでこの街は……」
「だから、あくまで想像にすぎない話だ! 当然、まるで関係ない他の原因の可能性だってある」
 とはいえ、もし本当に勇者が狙いだとしたら。フェンネルの頬を嫌な汗が伝う。街の中心部にいるソーダが魔物と対峙するまでに、一体どれほどの被害が出るのか。ソーダが魔物と戦ったとして勝てるのか。もし負けたとしたら。考えたくもなかった。
「せめて、こいつらを率いるボスでもいればいいんだが……おい、そこの兵士ども! 他の魔物より数段強いような魔物を見なかったか!」
 四人でまとまって戦っている兵士たちの方へ向かって、フェンネルは叫んだ。彼らの前には、群れをなして動く獣に似た姿の魔物たちがいる。
「み、見ていませ、うわっ!」
 噛みついてきた魔物の攻撃を、盾で防ぎきれなかった兵士が悲鳴を上げる。周りの兵士たちも、他の魔物の相手でいっぱいいっぱいのようだ。首に襲い来る追撃に、兵士は死を覚悟する。
「キャイン!」
 思わず目を閉じた兵士の首元で、魔物は苦しそうに叫びながら倒れた。動かなくなった魔物の心臓と思わしき部分には、深々と矢が刺さっている。
「一回噛みつかれたぐらいで諦めるな! コーン、先に進むぞ」
 舌打ちをしながら、フェンネルは走り去っていく。
「だからって、舌打ちしなくても……」
 苦戦している他の兵士を助けてから、コーンも後を追って走った。魔王復活をきっかけに各地で活発になり始めた魔物たちの動きは、今のところ森や洞窟が中心だ。街道に現れることも増えてきており、旅人や商人の被害は増加しているが、村や街への襲撃はまだ聞かれていない。この街も今日まで襲撃に遭ったことはないはずだ。兵士たちの実戦経験も、おそらくは無いと思われる。
「舌打ちぐらいいいだろ別に」
「いや、でも」
 どーん、と、コーンの声を遮るように一際大きな爆発音が鳴り響いた。近くにいたら鼓膜が破れるのではないかと思うほど、大きな音だ。二人はすぐさま音のした方を振り向く。
「……あれだな」
 そこには、遠くからでもわかるほどに巨大な黒い魔物が月に照らされていた。この爆発音も、その魔物が起こしたのだろう。
「あの方角って……」
「……! 走るぞ!」
 化け物じみた黒い魔物は、遠吠えのようなうなり声を上げた。街を駆けまわる魔物たちのボスであることは、間違いないと考えていいだろう。だが、それ以上に重要なのは現れた場所だった。そこは、アセロラと別れた場所からほとんど離れていない。彼女がまだ、近くにいる可能性は高い。

 *

「逃げて!」
 えぐられた民家には、幼い少女と横たわる老婆がまだ残っていた。我に返ったアセロラは慌てて叫び、二人の元へ走った。瓦礫を飛び越え、無残な姿となった民家の中へ急ぐ。その頭上では、黒い化け物が次の一撃を放とうと鋭い爪を構えていた。
「あ、危ないですよ!」
「誰かが助けるしかないんです!」
 先程手当てした老人の制止も聞かずに、アセロラは少女と老婆の前に降り立った。二人とも怪我はないようだが、老婆はかなり弱っているのか動けずにいる。もともと病気で寝込んでいたのだろう、逃げさせるのは困難だ。どうすればいいかと考えるうちにも、化け物の攻撃は迫る。月明かりを受けて輝く爪の一撃を、アセロラは杖で受け止めた。衝撃が全身に響くほどの重たい一撃に、よろけそうになるが必死に持ちこたえる。
「回復役だって、やればできるんですからね!」
 次こそ仕留めようと再び構える化け物に向かって、アセロラは炎の魔法を放ち、走り始めた。巨大な魔物に対して、そのあまりにも小さすぎる炎では、ほとんどダメージを与えられない。しかし、魔物の注意はアセロラの方に向いた。老婆と少女を救うべく、アセロラが選んだ一手だった。
「ほら、こっちです!」
 化け物を呼びながら、アセロラは更に炎を放っていく。回復が専門の彼女の魔法は、攻撃としてはまるで足りないものの、気を引くことぐらいならできた。その場を離れ、瓦礫の街を全力で走る彼女を、黒い獣の化け物は追い駆けていく。建物が破壊され、燃え盛る炎と月明かりに照らされるぼろぼろの街を、アセロラは走り続けた。門の方へ向かえば、きっとフェンネルとコーンもいることだろう。たとえすぐには二人が見つからなかったとしても、街の住民への被害は抑えられるはずだ。
 だが、途中で二足歩行をやめ、四本足で走りだした化け物は速かった。
「……え」
 遠くに人影が見えた、そう思った瞬間、彼女の身体は宙に浮いていた。鋭い一撃が、彼女を吹き飛ばしていた。どさりと地面に打ち付けた背中が痛む。全身が重たい。樫の木の杖は手元にない。落としてしまったのだ。叫び声が聞こえる。地面を蹴る音も聞こえる。どうしようもない自分と、助けに来ている存在をアセロラは感じた。だが、もう遅い、間に合わない。不可能は、可能にならない。
肉の抉れる感覚がした。

 *

 やや離れてはいるが、満月に照らされて、巨大な化け物の姿はよくわかる。瓦礫の街を、フェンネルとコーンは全力で駆けた。あちらこちらで戦っている兵士たちを援護するような暇はない。事態は一刻を争う。
「フェンネル、弓矢で狙えそう?」
「すまん、この距離はまだ厳しい」
 月の光があるとはいえ、今は夜だ。眠らない街の灯りも、この辺りは大半が破壊されてしまっている。昼間でも難しい距離だが、この状況で遠くから正確に狙うのはなおさら困難だろう。加えて、化け物は移動し始めている。瓦礫を乗り越え、十字路を曲がった先の大通り、そこに、四つ足で走る、獣のような魔物がいた。
「アセロラちゃん!」
 大通りに居たのは魔物だけではなかった。必死に走る少女を、化け物の爪が襲う。アセロラの身体がふわりと浮かんだ。
「間に合え……!」
 大通りを走りながら、フェンネルは矢を放った。だが、急所を外れ前脚に刺さった矢は、化け物の動きを止めるまでには至らない。化け物の二撃目が地面に横たわるアセロラの身体を抉った。致命傷ではないが、化け物は追い打ちをかける。
「やめろおおお!」
「止まれえええ!」
全力で放つ矢も、防ごうとする刃も、まるで届かない。目に見える距離だというのに、あまりにも遠すぎる。やはり不可能は、不可能でしかないのか。奇跡は起こせないのか。少女の眼前に、巨大な爪が迫った。
「ふざっけんなよ魔物どもがぁ!」
 巨大な爪は、少女に触れる寸前で凍りついた。爪だけではない。やがて白い氷が黒い魔物の全身を覆い尽くし、凍りついた魔物はバラバラに砕け散っていく。砕けた氷の欠片と、染みわたるような強烈な冷気だけが、その場に残った。
「せん、ぱい……?」
 高位の氷魔法を放った張本人を視界に捉えたところで、少女の意識は途切れた。
「……遅かったな」
「ソーダ君!」
 ところどころ破けた青いローブをひらめかせながら、魔法使いの少年は通りに現れた。普段運動し慣れていないせいか、かなり息切れしている。
「アセロラのことは任せた、残りは俺が片付ける。それと、」
 ソーダはアセロラに近づきながら、伝説の剣をその場に投げ捨てた。重たい剣が地面とぶつかり、鈍い音を立てる。
「まだ決めたわけじゃない。俺はあくまで天才魔法使いだ」
 身軽になったソーダは、群青のマフラーを翻し、門の方へと駆け出す。その手には、水色の宝石が輝く長い杖が握られていた。
「ひ、一人は危ないって!」
 コーンは慌てて追いかけようとした。だが、すぐにその必要がないことに気づく。満月の輝く天に向かってソーダは杖をかざした。
「砕け散れ、魔物ども……ダイヤモンドダスト」
水色に光る杖の先端から、細かな氷の粒が螺旋を描きながら空高く昇っていく。やがてそれらは白い塊を形作り、そこから溢れる輝く粒子は周囲で結晶となった。いくつもの氷の結晶は、輪になり、その輪を拡大しながら舞い落ちていく。落ちながら砕け散り、欠片となった結晶は、更に大きく広がった。倒されたボスの仇と言わんばかりに集まって来た魔物たち、欠片はその全てに触れ、一瞬で凍りつかせる。空高く浮かぶ白い塊は、とどめとばかりに魔物の氷像を砕く光の線となって降り注いだ。
「……マジか」
 アセロラの怪我を確認しようとしていたフェンネルも、さすがに驚きを隠せなかったようだ。ソーダは、剣の腕も運動能力も最低クラスであった。だが、魔法の実力に限って言えば、口先だけではなかったようである。走り去ったソーダは、逃げ始めた魔物たちを次から次へと退治していく。溢れだす感情に任せて、彼は魔法を放ち続けた。
 恐ろしい夜は終わりを迎える。

 *

 学校に設けられた臨時の病院で、アセロラは手当てを受けていた。昨晩の襲撃で、幸いにも死者は出なかったものの、怪我人があまりにも多く病院には入りきらないのだ。アセロラの怪我は重傷で、しばらくは動けそうにないが、命に別状はないらしい。大きく開かれた窓の外では、暖かな日差しのもと、子どもたちが元気に遊んでいた。
「そんなに強いんだし、魔王に挑もうよー、ソーダ君」
「だから、伝説の剣なしに挑むのはリスクが大きすぎるって言ってるだろ」
 アセロラのベッドの横では、今後について三人が話しあっていた。相変わらず、意見は平行線だ。まとまりそうにない。
「そうは言うが、魔王を倒さない限り、こうした事態はどこに行っても起こるだろう。魔物だって、今はまだ弱いやつらばかりだが、だんだんと強い連中も増えてくる。いつまで逃げ続ける気だ」
「それは、そうだが……」
 ソーダは窓の外へと目を向けた。子どもたちは、おもちゃの武器を持ってチャンバラごっこをしているようだ。自分も、世界が滅ぶまで遊んで暮らしたい。そんな思いが頭に浮かぶが、それが不可能だということはソーダもよくわかっている。勇者として選ばれた以上、魔王との、魔物との戦いから、逃れることはできない。
「お前はただ、逃れられない戦いを先延ばしにしているに過ぎない」
「だからって、あまりに勝ち目のなさすぎる戦いに、命を賭けられると思うか? そんなの無理だ! 不可能は不可能だろ!」
 戦うしかないという現実を、ソーダは理解している。それでも、他に方法が見つからないからといって、無謀な戦いを挑みたくはなかった。イライラに任せて、つい壁を蹴ってしまう。
「静かにしてくれませんか、先輩」
「はいはい……」
 ソーダはそのまま、窓枠に腕をのせてもたれかかった。窓のすぐ下では、気持ちよさそうに日向ぼっこしている黒猫がいる。恨めしそうにその様子を眺めるソーダの隣で、コーンは子どもたちの様子を見ていた。
「そういえば、剣で魔法って使えるようにならないのかな? もし使えたら、すっごく強い魔法で魔王を倒せるよね!」
 コーンの視線の先では、おもちゃの剣を持った少年が彼の考えたらしい呪文を唱えている。それらしい言葉を並べて、魔法使いの真似をしているようだ。
「それこそ不可能だ。そもそも魔法ってのは、空気中の魔力と人間の持つ生命力とを一体化させることで、エネルギーを発生させて発動している。だが、そんな高度な技術を素手でやってのけるような人間なんかどこにもいない。杖の内部にある複雑な機構を使うことで初めて可能になるんだ。その機構を持たない限り、伝説の剣だろうとなんだろうと、魔法を使えるわけがない」
「でも、あの男の子、剣を持ってるけど魔法を使ってるってことにしてるよ?」
「所詮子どもの遊びだろ? 現実は違う」
 少年たちの様子が、ソーダには酷く馬鹿馬鹿しい光景に映った。どんなにがんばっても、そんなことはできないのだ。おもちゃの剣でも、伝説の剣でも、魔法は使えない。伝説の剣を分解し、魔法用の機構を内部に取り付ける、そんな神への冒涜とも言えるような行為でもしない限りには。
「……いや、それも一つの手だ」
 伝説の剣とソーダを見ながら、フェンネルが口をはさんだ。
「この街の東に、魔法使いの里があるだろ? だいぶ離れてはいるが、歩いて十日もかからないはずだ」
「あるといえば、確かにあるが……」
 魔法使いの里は、その存在を知らない魔法使いはいないという程に、有名な街であった。世界中から一流の魔法使いたちが集まり、日夜最先端の魔法を研究している。
「そこに向かう。魔法使いの里でなら、伝説の剣で魔法を使う方法が見つかるかもしれない」
「……ありえない。機構の無い道具で魔法を使うなんて、誰も挑もうともしない。何も使わずに、魔法が使えるわけがない」
 フェンネルの提案も、コーンの思いつきと同様に、ソーダには妄言に聞こえた。魔法を使うための特殊な機構は、どんなに魔法を極めた伝説の賢者のような存在であれど、必須のものであった。それでも大昔には、なにも使わずに魔法を使おうと挑戦した者もいたらしいが、その誰もがやがては諦めた。ある者は、人間の限界を超えたことだと悟ったとすら言われる。
「なにも使わずに、とは限らない。機構のないただの道具で魔法を使うことを、補助する道具が開発されているかもしれない」
「それこそありえない。いったいどんな状況で、その補助する道具が必要になるっていうんだ。この状況が特殊すぎるケースなだけで、普通は需要がない」
 ソーダの反論は正しかった。伝説の剣の力を使いつつ、魔法で魔王を倒すこと。それが今考えられている、魔王を倒せそうな唯一の方法であるが、そのためには伝説の剣を魔法の発動に使わなければならない。つまり、なんらかの道具を使うなどして、魔法発動のための機構を持たない伝説の剣にその機能を与え、魔法の発動に関わらせる必要がある。だが、このような回りくどい手段を求めるような場面は、普通考えられないのだ。なにか道具を用意するならば、その道具に機構を用意し、その道具で魔法を発動する。それで十分だった。
 しかし、絶対にありえない、とも言えない。フェンネルは僅かな可能性を想像していた。
「需要がなかろうと発明してみる物好きが、一人もいないとは言えない。なにかの副産物で作られる可能性も、ゼロではない」
「ほぼゼロも同然だろ」
「お前だって本当は、魔王を倒したいんだろ? 世界を救うには、大切な存在を守るには。今考えられる、唯一の可能性だ。伝説の剣を使わずに魔王を倒すのが、絶対に不可能だと思っているならばな」
 フェンネルの黒い瞳が、真っ直ぐにソーダの背へ向けられる。
「大切な存在なんて、自分ぐらいだがな」
「そんな奴が、あんな顔で走って来て、感情をむき出しにするか?」
「……見間違いだろ」
 ソーダは窓枠にもたれかかったまま、フェンネルの方を向こうともしない。ソーダの白い髪が、窓から吹き込む風に揺れる。
「まぁ、それはいい。とにかく、次の目的地は魔法使いの里だ」
「そこに行けば、きっとなんとかなるよね!」
 魔法使いの里に行くことについては、ソーダもそれ以上反対しなかった。他の目的地も思い浮かばず、かと言ってこの街に留まるのも、昨晩の襲撃を考えれば得策ではない。だが、問題はまだ残っていた。
「ところで、アセロラちゃんの怪我、治るまでにどれくらい掛かりそう?」
「歩けるようになるまで二週間、といったところでしょうか……」
 申し訳なさそうに眉を下げながら、アセロラは答えた。深々と抉られた太ももや膝は、魔法の力を駆使しても治るまでに時間が掛かるようだ。
「魔王の狙いはあくまで勇者、とはいえ、一人で残しておくのは不安だ。しかし二週間か……」
 魔王が世界を滅ぼすのに十分な力を蓄えるまでに、そう長い時間は残っていない。二週間はまだ大丈夫なはずだが、それから魔法使いの里に向かい、魔王を倒す方法を見つけてから魔王城に行くのであれば、間に合わない可能性も出てくる。
「無茶しちゃって、ごめんなさい」
 アセロラにとっても、この状況はかなり辛いようである。声からは、申し訳なさが滲み出ていた。
「いや、跳んで来るボスに気づかなかった俺たちにも非はある。そのことは気にするな」
 あとからわかったことだが、魔物たちのボスは街の壁の外から跳ねて来たらしい。爆発音は、着地の際に爪が大きく地面を抉りとり、そのように聞こえるのだと専門家は考えている。夜の空を跳んだ魔物の姿については、騒ぎが収まってからいくつか目撃談が聞かれたものの、その場に居た者たちが着地より前に気づくことはなかった。
「うーん、でも、そうだね、どうしよう……」
 誰の責任だとしても、仕方がなかったとしても、今のこの状況は変わらない。はっきりと言葉にはしていないものの、ソーダもアセロラを置いていくことには反対であった。解決策が見えないまま、時間だけが過ぎて行く。一度宿に戻って明日また考えよう、そう、誰ともなく言いかけた時、ノックの音が響いた。
「勇者様と、そのお仲間の方々がおられるのは、この部屋で間違いないでしょうか?」
 ガラガラと開いた扉から現れたのは、フード付きの黒いマントを羽織った長身の男だった。ただし、フードに隠れて顔はよく見えない。声からしておそらく男だと思われるが、もしかすると女かもしれない。
「なぜ、俺たちのことを?」
 いかにもな怪しさを漂わせるその男に、フェンネルは警戒心を隠さず言った。
「国王様とは昔から親交がありまして……それより、間違いないようですね? 実は私、回復魔法を専門に研究しておりまして、今日はその成果を、役に立つかもしれないと思い持ってきたのです。昨晩は大規模な襲撃がありましたしねぇ……」
 そう言いながら男が取りだしたのは、こぶし大の真っ白な石だった。表面はごつごつしており石だとわかるが、そうでなければ何かの卵と思うかもしれないような形をしている。
「現代の回復魔法では、ご存じの通り自然治癒力の向上が限界と言われています。ですが、私はその先、自然治癒では不可能な急速回復に挑戦しました。そして、研究の末に辿り着いたのがこの石です。いくつもの魔法を重ね続けた結果、この石から魔力を取り出せば本来の限界以上の治癒力を生み出し、怪我の完治までの時間を数十分の一にまで抑えることに成功しました。もっとも、今はまだ作るまでのコストが大きく、制作作業も安定していないため実用化にはほど遠いですが、この完成品の一つを役立てて頂きたいと思ったのです」
 ぺらぺらとしゃべりながら、男は半ば強引に石を手渡す。いかにも胡散臭い話ではあるが、勢いに押されるまま、アセロラは石を受け取ってしまった。男が対価として何かを要求してくる気配はないが、それ以外に何か目的がある可能性は高い。フェンネルは男に近寄った。
「副作用などは?」
「失敗することは稀にありますが、その時は発動しないだけです。それ以外の問題は今のところ確認されていません。実際に治した後の経過も順調で、これといって異常は見られておりません。使うに当たって心配することは何もないでしょう」
 強い疑いを向けるフェンネルに対して、男は少しも動じずに答える。
「この石を渡すのは、本当にただの善意で?」
「いやぁ、本当にそのつもりですが、やはり疑われてしまうものですね……まぁ、こちらの利益も全く考えていないわけではありません。しいてお願いごとをするならば、成功したかどうかを後で教えていただけると、今後の研究に繋がります。ついでに、研究所の宣伝もしていただけますと、資金的に助かりますね……」
 言いながら、男は名刺を取り出した。フェンネルが受け取ったそれには、バジル回復魔法研究所と書かれている。その名前に覚えはなかった。
「知ってるか?」
「いえ、聞いた覚えはないです……」
 フェンネルはアセロラにも見せたが、彼女も知らないようである。回復魔法が専門のアセロラが知らないのであれば、ソーダとコーンも知らないであろう。
「もともとは個人的に研究しており、研究所を構えたのはつい最近のことですから、知名度が低いのです……これをきっかけに、ついでで構いませんので広めていただけたら、こちらとしては大変ありがたく思います。もちろん、一番の目的は少しでも勇者様方のお役に立ちたいからなのですが……」
 そこまで話したところで、男は窓の向こうの暮れかかっている空に目をやった。
「ああ、すみません、あまり時間がありませんので、本日のところはこれで失礼いたします。話を聞いていただき、また石も受け取っていただき、ありがとうございました。皆様の旅に、幸あらんことを……」
 早口で別れを告げると、男はそそくさと出て行ってしまった。病室には、男が来る前の静けさが戻った。
「これ、どうしましょう……」
 受け取ってしまった石を見ながら、アセロラはつぶやいた。
「使うかどうかは任せる。もしあの男の言ったことが本当だとしたらこの状況を打開できるかもしれんが、あまりにも怪しすぎる。無理に使えと言うつもりは全くない。異論はないな?」
「うん、僕も、胡散臭すぎると思うよ……」
 フェンネルに同意するコーンの隣で、ソーダも黙ったままうなずいた。男の外見がいかにも怪しいのもあるが、石の効果も現れたタイミングも、あまりに都合がよすぎる。だが、だからといってすぐに石を捨ててしまえるような状況でないこともまた事実だ。もしかしたら、この状況を解決できるかもしれない、そんな甘い期待が頭の片隅に染み付いて離れない。
「わかりました……一晩だけ、時間をください」
「じっくり考えて、自分のしたいようにすればいい。何かリスクを負うとしたらアセロラちゃん自身だからな。俺たちはさっさと宿に戻ろう」
「嫌だと思ったら、本当に、使わなくていいからね!」
 開いていた窓を閉め、三人は部屋をあとにしていく。街は徐々に夜の色に染まりつつあった。遊んでいた子どもたちも、いつの間にか帰ったようである。日向ぼっこをしていた黒猫も、もうどこかに行ってしまったようだ。
 白い石をもう一度見つめ、少女は覚悟を決めた。

 *

 翌日、学校を訪れた三人の前に、アセロラは自分の脚で立っていた。杖で体を支えることもなく、二本の脚でしっかりと立っている。彼女の表情に、憂いはない。
「私はもう、大丈夫です。行きましょう、魔法使いの里へ」
 四人の、世界を救うための旅が始まった。

 

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